狂犬病臨床研究会イベント

狂犬病臨床研究会の活動について報告します

世界狂犬病デー2020ウェブセミナーで出された質問への回答集(その2)

大変遅くなりましたが、セミナー中に出された質問を整理してここに掲出します。

Q-1 棒に対して、無意味にかみつくのは、どう言う理屈なのでしょうか?水や鳴き方に関しては、咽喉頭麻痺に伴うものと察しますが。

A-1 狂犬病ウイルスは、感染後に神経筋接合部のアセチルコリンレセプターに結合し、末梢神経の軸索内を脊髄に向かって移動し、中枢神経細胞で増殖することにより臨床的に特徴的症状を呈することが知られています。差し入れた棒への反射的な咬みつきもその症状の一つです。この症状には、再現性があり、時間の経過とともに変化します。本セミナーで症例1の午前と午後では午後のほうが素早く強く反応していました。また、水の舐め方や鳴き声の異常は、舌咽神経や喉頭神経(反回神経、迷走神経)への障害が関わっていると考えられます。

 

Q-2 犬は死ぬまでずっと唾液にウイルスを排出しますか

A-2 狂犬病感染犬は、一般的に発症の3日前から死亡するまでウイルスを排出するとされています。

 

Q-3 タイのような国では、いわゆるCommunity Dog, Roaming dogといわれるpopulationが問題だと思うのですが、どういった対策がなされているのでしょうか?

A-3 私が見学させていただいたタイ国バンコク市では、放浪犬対策として、トラップして不妊手術及び狂犬病ワクチン接種を行い、目印としてバンダナのようなリボンを装着してリリースするかシェルター(寄付金で運営)で管理していました。私が見学したシェルターは、バンコク郊外に位置し、犬約200頭、猫約50頭が収容されており、獣医師1名を含む8名で管理しているとのことでした。タイ国では宗教上の理由から動物の殺処分を行わないとのことでした。

 

Q-4 嚥下困難からくる飢餓状態は、ありますか

A-4 狂犬病による舌咽神経障害や喉頭神経障害があるから全く採食ができないということはありません。セミナー中でご紹介したタイ赤十字協会QSMI(Queen Saovabha Memorial Institute)においては、食欲のある症例についてはフードを与えていました。狂犬病は発症後10日以内に死亡します。飢餓で死亡するのではなく、呼吸筋の麻痺による呼吸不全で死亡する場合が多いと言われています。

 

Q-5 実際に観察する場合、どれくらいの期間・頻度で観察するのがベストなのでしょうか。症例1のように午前・午後のような区分けで2日、など。

A-5 狂犬病症例は常に特徴的な症状を呈しているわけではないので、狂犬病症例の観察期間及び観察する頻度に目安はありません。可能な限り長時間、頻繁に観察することが望ましいと思います。

 

Q-6 臨床的に狂犬病だと判断して確定診断したところ、実際には違ったというのは割合ではどのくらいですか?またその場合の確定診断は何だったのでしょうか?

A-6 セミナーでご紹介したVeeraらの報告によれば、この方法により臨床的に陽性と診断した430頭の内45頭が陰性であったということですので、約10.5%ということになります。また、犬が10日以上生存した段階で狂犬病陰性と判断したことから狂犬病でないと診断された犬が他のどのような疾患だったのかは不明です。

 

Q-7 観察期間中に唾液を採取してPCRでウイルスの核酸を検出することは可能でしょうか?

A-7 唾液中のウイルス断片をRT-PCR法で検出することは可能です。人狂犬病の生前診断法として、皮膚、毛包、唾液、涙、脳脊髄液を検体としたRT-PCR法によるウイルス断片の検出が応用されています(2018WHO狂犬病専門家会議資料)。しかし、犬では唾液中にウイルスが常時排出されているとは限らないため唾液のRT-PCR法は生前診断に用いられていません。

 

Q-7 猫への応用は可能ですか?

A-7 本セミナーでご紹介したVeeraらの臨床診断方法は、タイ国バンコク市の赤十字協会QSMIに搬入された犬1170頭を対象にしたコホート研究によるもので猫に関する記載はありませんので猫狂犬病の臨床診断への応用はできません。

 

Q-8 他の疾患を考えて観察中の投薬はしても良いのでしょうか。

A-8 狂犬病の治療に効果的な薬剤は知られていませんが、他の疾患も疑われる場合には投薬治療をすることに問題はないと思います。しかし、QSMIでは、搬入された犬に治療は行っていませんでした。投与する薬剤によってですが、鎮静剤などを投与した場合には、狂犬病に特徴的な症状を隠してしまう恐れがありますので、Veeraらの臨床死診断方法の適用外となります。また、昏睡状態、頭部の損傷による横臥状態及び潜伏期間についても適用外であることを申し添えます。

世界狂犬病デー2020ウェブセミナーで出された質問への回答集(その1)

セミナー中に出されたご質問には、残念ながら時間の関係で全てにお答えすることができませんでした。そこで、ここに答えきれなかった回答をいたします。

なお、セミナーの中でお答えした分については整理した上で、改めて「その2」として後日お示ししたいと考えています。

Q1. 臨床診断の最初のふるい分けについて、もう少し詳しい説明をお願いできませんでしょうか。月齢や、持続期間の基準がよくわからなかったのですが。

A1. 原著には、振り分け方法が次のように記述されていますので参考にしてください。。

1. その犬の年齢は?

  • 1ヵ月未満→狂犬病ではない 
  • 1ヵ月以上または不明→2に進む

2. その犬の健康状態は?

  • 正常か10日以上病的状態→狂犬病ではない 
  • 10日以内の病的状態または不明→3に進む

3. その疾患はどのように進行しているか?

  • 普通の状態から急に発病→狂犬病ではない
  • 徐々に発病若しくは不明→4に進む

4. 直近3~5日の臨床経過は?

  • 安定もしくは治療なしで改善→狂犬病ではない 
  • 症状や徴候が進行または不明→5に進む

5. その犬は旋回運動をしているか?(よろめいた円運動や目が見えないかのように頭部を壁にぶつける)

  • はい→狂犬病ではない 
  • いいえまたは不明→6へ進む

6. 死亡する最後の週の間に17徴候の内少なくとも2項目を示していたか?

 Q2. 他の疾病との鑑別が難しそうです・・。

A2. 狂犬病の鑑別診断リストとして、ジステンパー、頭部損傷、中毒、チョーク、髄膜炎脳炎てんかん等があげられます。

表はQSMIのベーラ先生による鑑別診断です。ご参考になれば幸いです。

f:id:jscsrmember:20201006191150j:plain Q3. 頭目は、日本では臨床の先生に照会は無理です。。。

A3. 麻痺型狂犬病の臨床診断は難しいといわれています。臨床診断では正しく狂犬病を疑うことが大切です。発症犬の映像を繰り返しご覧いただくことで、診断に必要な観察の眼を養って頂ければと思います。また、疫学情報が明らかでなく、症状から狂犬病を否定することが難しい場合でも、狂犬病を発症した場合には10日以内に死亡します。死亡した場合には確定診断を行うべきです。最後に実験室内で診断が確定されます。

 Q4. 3日間の悪化というのが判断が難しいと思いました。診断は非常に難しいです。3日間の悪化をどう判断するのでしょうか?

A4.初診時以降、病状が安定していたり、治療なしで改善傾向にあるものは狂犬病ではなく、症状が進行していることを確認します。狂犬病を発症した犬は10日以内に死亡します(タイ赤十字協会では発症した個体のほとんどが2~3日で死亡しているという報告があります。)。咬傷犬の観察期間が2週間である理由です。

 Q5. ワクチン接種歴があればふるい分けの段階の前に除外できますか?

A5.狂犬病の予防接種によって十分な防御抗体を持っていれば安心ですが、接種後経過期間、年齢、接種犬の免疫状状態、遺伝的背景、犬種等の遺伝的素因に由来する免疫不全などによっては、防御可能な抗体を十分に保有していない場合があります。また、頭部に近い部位を咬まれて感染した個体は発症リスクが高くなります。したがって、狂犬病の発生時には狂犬病ウイルスに曝露が疑われる個体には速やかに追加接種を行って防御可能な十分量の抗体を誘導します。

               文責:狂犬病臨床研究会副会長 杉山 和寿

 

 

世界狂犬病デー2020ウェブセミナーを開催しました

 コロナ禍で各種学術集会やイベントが開催困難になっています。当会も2月の日本獣医内科学アカデミー学術集会での発表を見合わせ、3月に開催予定だったセミナー(世界狂犬病デー2019+1セミナー)を直前に中止する苦渋の決断をしました。例年秋に参加している日本獣医師会主催の2020動物感謝デーin JAPAN “World Veterinary Day”の行事も中止となり、活動の大幅な縮小を余儀なくされました。

その中で、一般社団法人WNP(The World New Prosperity)(代表理事 塚田昭子)、長崎大学中嶋建介教授、国立感染症研究所井上室長らのお力を借りて、ZOOMでのウェブセミナーという当会初の試みを計画しました。

  • 開催日時:令和2年10月4日(日)午後4時~午後5時30分
  • テーマ:「動画で学ぼう、犬狂犬病の臨床診断」
  • 講師:当会副会長 杉山和寿

 400人近くの参加申し込みがあり、臨床獣医師のみならず、公衆衛生獣医師にも多く参加いただきました。(実際の参加者は236名)

佐藤会長の挨拶に続き、早速セミナーに入り、当会が作成したイヌの狂犬病の臨床診断法について解説したDVD(第1版と第2版)を教材に、臨床診断のポイントを解説し、視聴者に狂躁型と麻痺型の狂犬病症例の動画を見ていただき、実際に臨床診断を試みていただいた上で、正解について解説しました。チャットで多くの質問が寄せられ、時間内にすべての回答をすることはできませんでしたが、残りの質問に対してはウェブ上での回答を実施したいと考えています。当会の井上顧問からの総括では、狂犬病に対しては、①発生を想定した準備 ②疑って気づく力 ③探知(サーベイランス)が重要で、そのためには臨床獣医師と行政との連携が重要との提言がありました。

途中で画像トラブルがあったものの、ほぼ時間どおりに進行し、終了後はウェブ懇親会も開催され、さらなる情報交換を図りました。

狂犬病を正しく診断するためには、小さな徴候を確実に拾うことが重要であり、本会のDVDを繰り返し視聴することにより、狂犬病診断技術の向上につなげていただければ幸いです。

                 文責:狂犬病臨床研究会 理事  阿部冬樹

世界狂犬病デ−2020 ウェブセミナーのお知らせ

我が国では狂犬病の流行が終息して60年余が経過しました。そのため狂犬病を経験した獣医師はほぼいなくなり、本病を正しく早期に探知することが大変困難になっています。狂犬病ウイルスは動物にも人にも感染して致死的な疾病を引き起こしますが、狂犬病による人の死亡者は99%が犬の咬傷とされています。そのため獣医師がいち早く犬の狂犬病に気づくことは人命を守る上で大変重要となります。

当会は2011年に犬狂犬病の臨床診断法について解説するDVDを作成しました。そしてこの度第2版が完成しました。

第1版ではタイ赤十字研究所のVeera博士の論文に基づいて6つの基準で臨床診断が可能とし、代表的な17の徴候を真性狂犬病と診断された犬の動画を集めて徴候を示しながら解説しています。そして第2版は同じ犬が時間の経過とともにどのように徴候が変化していくのかを解説しています。また、比較的珍しいとされる麻痺型狂犬病の動画も同様の手法で収載してあります。

これまで、当会は狂犬病予防意識の向上のために世界狂犬病デーイベントを開催して参りました。今回は狂犬病の臨床診断法を学ぶためのウェブセミナーを下記のとおり開催しますので、ぜひご参加ください。

 

開催日時 令和2年10月4日(日) 午後4時〜5時30分

開催方法 ZOOMを利用したウェブセミナー

講師   杉山和寿(当会副会長、杉山獣医科院長)

講義名  動画で学ぼう、犬狂犬病の臨床診断

参加費用 無料

参加対象 特に設けませんが、犬狂犬病の臨床診断という専門性の高い内容となりますので、一般の方には難解かもしれません。ご不明な点やご心配な点につきましては、後ほど専門家にご相談ください。

懇親会  セミナー終了後、ウェブ懇親会を企画しています。こちらにもご参加ください。

参加登録 参加登録は終了しました。多数のお申し込みありがとうございました。

後援:農林水産省、(公社)日本獣医師会、(公社)東京都獣医師会、(公社)大阪府獣医師会、(公社)静岡県獣医師会